こんにちはNICKです!
いつも私のブログを読んでいただきありがとうございます。
今回は、2025年1月に惜しまれつつ亡くなられた久米宏さんと、黒柳徹子さんの関係について書いていこうと思います。
伝説の音楽番組『ザ・ベストテン』で息の合った掛け合いを見せていたお二人なんですよね。
そんなお二人ですが、本当に親友だったのでしょうか。
黒柳さんが発表した追悼コメントからは、半世紀近く続いた深い絆が感じられるんです。
今回は、
・関係は親友だった
・ザ・ベストテンでのエピソード
・プライベートでの交流
を主に、お二人の関係について、詳しく見ていきたいと思います。
久米宏と黒柳徹子の関係は親友だった

昭和を代表する名司会者として活躍された久米宏さんと黒柳徹子さん。
そんなお二人ですが、実際の関係はどうだったのでしょうか。
お二人は「本当の親友」という非常に深い関係だったんです。
黒柳さんが久米さんの訃報に対して発表したコメントを読むと、その絆の深さがひしひしと伝わってきますね。
黒柳さんは追悼文の中で「私には親友という人が、いるようで、いなかった。あなたは、その中で『ザ・ベストテン』以来本当の親友だった」と語っているんです。

出典:産経新聞
黒柳徹子さん「ザ・ベストテン以来、本当の親友」 久米宏さんへの手紙「返事来なかった」
出典:産経新聞
これって本当に重い言葉だと思うんですよね。
芸能界で長く活躍されている黒柳さんが、ここまではっきりと「親友」と呼べる人は少なかったということなんじゃないでしょうか。
お二人の関係は1978年に始まった『ザ・ベストテン』での共演がきっかけだったみたいです。
それから約46年間、テレビの前だけでなくプライベートでも交流が続いていたんですよね。
黒柳さんが設立した『トット基金』の理事として、久米さんは長年協力していたそうなんです。
政治のことも日常のことも、打ち合わせなしにピッタリ合ったと黒柳さんは振り返っているんですよ。
これって相当な信頼関係がないとできないことだと思います。
仕事のパートナーを超えた、本当の意味での親友だったんだなって感じますね。

【執筆者の感想】
46年間も親友でいられるって、本当にすごいことだと思います。お互いを深く理解し合っていたんでしょうね。
久米宏と黒柳徹子のザ・ベストテンでのエピソード


『ザ・ベストテン』で名コンビとして知られた久米宏さんと黒柳徹子さん。
そんなお二人ですが、番組ではどんなやり取りをしていたのでしょうか。
生放送での絶妙な掛け合いの裏には、実は面白い攻防があったんです。
久米さんは司会者兼タイムキーパーとして、時間に遅れないよう必死に番組を進行していたんですよね。
一方の黒柳さんは、時間が押しているのを知りながら、わざとゆっくりしゃべって番組を面白くしようとしていたそうなんです。
これ、めちゃくちゃ面白い関係だと思いませんか。
久米さんは後に「しゃべりたい黒柳さんと話を止めて次に行きたい僕の勝負」と語っているんですよ。
視聴者にはテンポの良い番組に見えていたと思うんですけど、現場は常に切迫していたみたいですね。
でもこの緊張感が、逆に番組の魅力になっていたんじゃないかなって思います。


出典:NEWSポストセブン
久米宏 『ザ・ベストテン』での黒柳徹子との掛け合い裏話
出典:NEWSポストセブン
お二人とも生放送のプロですから、その場の空気を読みながら最高のエンターテインメントを作り上げていたんでしょうね。
黒柳さんのマイペースさと久米さんのクールな進行が、絶妙なバランスを生んでいたんだと思います。
この掛け合いを見ていた視聴者は、きっと毎週楽しみにしていたんじゃないでしょうか。
『ザ・ベストテン』が伝説の番組になったのは、お二人のこういった関係性も大きかったんだなって改めて感じますね。



【執筆者の感想】
生放送でこんな攻防をしながらも、ちゃんと番組として成立させるって本当にプロですよね。見ていて楽しかったはずです。
久米宏と黒柳徹子のプライベートでの交流


テレビで息の合った掛け合いを見せていた久米宏さんと黒柳徹子さん。
そんなお二人ですが、プライベートではどんな関係だったのでしょうか。
プライベートでも深い友情が続いていて、社会貢献活動でも協力し合っていたんです。
黒柳さんが設立した『トット基金』という団体があるんですけど、久米さんはその理事として長年協力していたんですよね。
『トット基金』は、耳の不自由な方々を支援する活動をしている団体なんです。
久米さんは理事として、黒柳さんの社会貢献活動を支えていたということなんですね。
これって単なる仕事仲間じゃできないことだと思うんですよ。
黒柳さんは「政治のことも日常のことも、打ち合わせなしにピッタリ合った」と語っているんです。
価値観が合うって、友情を続ける上ですごく大事なことですよね。
昨年12月の理事会に久米さんが欠席したとき、黒柳さんは心配して手紙を送ったそうなんです。
でも返事は来なかったみたいで、それが最後の連絡になってしまったんですよね。
この話を聞くと、本当に切ないなって思います。
黒柳さんの追悼コメントには「本当は涙もろく優しい人だった」という言葉もあるんです。


出典:モデルプレス
黒柳徹子“親友”久米宏さんを追悼 過去2ショット添え「本当に悲しいです」
出典:モデルプレス
テレビで見せるクールな久米さんとは違う、プライベートの優しい一面を黒柳さんは知っていたんでしょうね。
半世紀近く続いた友情って、本当に貴重なものだったんだなって感じます。



【執筆者の感想】
最後の手紙に返事がなかったというエピソード、読んでいて胸が痛くなりました。本当に大切な友人だったんですね。
まとめ
今回は久米宏さんと黒柳徹子さんの関係について見てきました。
お二人は「本当の親友」という深い関係だったんですね。
『ザ・ベストテン』での絶妙な掛け合いは、時間との戦いの中で生まれた名コンビの証でした。
プライベートでも『トット基金』での協力など、社会貢献活動を通じて交流が続いていたんです。
黒柳さんの追悼コメント「久米さん、『さよなら』は言いたくない、いつか会える時が来たら、続きを話しましょう」という言葉が、お二人の絆の深さを物語っていますよね。
46年間続いた友情は、芸能界でも本当に稀有な関係だったんじゃないかなって思います。
これからも黒柳徹子さんのご活躍を応援していきましょう。
それではありがとうございました。


“`









コメント