こんにちはNICKです!
いつも私のブログを読んでいただきありがとうございます。
金メダル級の存在感がある木原龍一さん。
そんな木原龍一さんですが、家族のことはどこまで分かっているのでしょうか。
今回は、
・家族構成
・父の「はしご」発言
・生い立ちと出身校
を主に、世界の舞台で戦い続ける木原龍一さんの家族構成と、父の「はしご」発言について書きます。
木原龍一の家族構成

出典:numberweb
大舞台で結果を積み上げてきた木原龍一さん。
そんな木原龍一さんですが、家族構成はどうなっているのでしょうか。
結論として、リサーチしましたが家族構成の詳細は公表情報がありませんでした。
一方で、両親という言葉が出てくる記事は確認できました。
その記事では、当時の連盟強化部長が、木原龍一の実家である名古屋の両親へ、あいさつに行ったという場面が描かれています。
家族の人数や兄弟姉妹の有無まで整理された情報は見当たりませんでした。

【執筆者の感想】
家族構成よりもまず両親の気配が伝わって胸が温かくなりました。
木原龍一の父の「はしご」発言


出典:number.web
大きな決断を何度もしてきた木原龍一さん。
真奈木原龍一さんですが、じつは7年前、木原さんはフィギュアスケートをやめようとしていたんです。
2019年2月に練習で負傷して脳振とうと診断され、肩の痛みも限界に。
当時は、古巣の邦和スポーツランド(名古屋市/現・邦和みなと スポーツ&カルチャー)でアルバイトをしていました。
7年前、木原は引退を考えていた
出典:numberweb
しかし、木原龍一の才能を見出し、別のジュニアのペアだった三浦璃来を引き合わせた、当時の連盟強化部長でペア発掘担当だった「小林芳子」さんという、2人をペアに誘った“重要人物”の存在があります。
ペア発掘担当だった「小林芳子」さん


出典:numberweb
名古屋の両親にあいさつに出向かれた小林さん。
父親に「芳子さん、はしごだけは外さないでくださいよ」と言われたことは今でも忘れられない。
と語っていらっしゃいました。
この言葉は、木原龍一さんがペアへ転向する流れの中で語られたエピソードとして出てきます。
読んでいてまず思ったのは、単なる応援ではなく、現実の重さも入っている言葉だということです。
行けとも止めろとも言わずに、足場だけは守ってほしいと言うんですよね。
後に、小林強化副部長は「本当に『ペアをやって良かった』と言ってくれる日までは、なんとか応援したいと思っていました。その(木原の父の)言葉を心に刻みました」と振り返ったとのことです。
この距離感って、親としては簡単じゃないと思います。
正直、私はこの一言に親の覚悟を感じて感動しました。
挑戦の背中を押す言葉は多いですが、転んだ時のことまで含めた言葉は意外と少ない気がします。
だからこそ木原龍一さんがその後も競技を続け、結果を積み上げてきたことが重なって見えました。
同じエピソードの中で「うちの家族、みんな体が大きいんですよ」と声をかけられた場面も描かれています。
この一言で緊張がふっと解ける感じがあって、家の空気が想像できるのがいいんですよね。



【執筆者の感想】
父の一言は短いのに深くて、読み返すほど効いてくる言葉だと思いました。
木原龍一の生い立ちと出身校


出典:numberweb
世界で戦う土台を作ってきた木原龍一さん。
そんな木原龍一さんですが、生い立ちや出身校はどこまで分かっているのでしょうか。
結論として、東海市の公式情報で四歳からスケートを始めたことと出身校が確認できます。


出典:東海市公式
生年月日
1992年8月22日
出身校
名和小学校 名和中学校
経歴等
4歳からフィギュアスケートを始めシングルスケーター時代には全日本ジュニア選手権で2位に入賞。全日本選手権に出場し新人賞を獲得。世界ジュニア選手権で10位入賞。
また、2013年からペアに転身し、2014年のソチオリンピックと2018年の平昌オリンピックでは、団体戦で5位入賞。2022年の北京オリンピックでは、団体戦で銀メダル、個人戦で7位入賞。さらに、フィギュアスケートグランプリファイナル2022ペアで日本勢初優勝となり、令和4年12月28日にその功績から、東海市スポーツ功労賞(特別表彰)を受賞した。
四歳から始めて、気付けば世界の頂点を争う場所に立っているという流れは、やっぱり普通じゃないですよね。
そこへ父の「はしご」発言を重ねると、競技の努力だけじゃなく家の支えも見えてきます。
強さの背景にある日常が想像できて、応援する気持ちが少し増します。



【執筆者の感想】
地元の公式情報があると、物語がきれいごとじゃなく現実として入ってきます。
まとめ
木原龍一さんの家族構成は、リサーチしましたが父母や兄弟姉妹まで含めた詳細な公表情報は見当たりませんでした。
一方で、両親という言葉が登場するエピソードは確認でき、家族の存在感は文章から伝わってきます。
そして特に印象的なのが、父の「はしごだけは外さないでくださいよ」という言葉です。
この一言は、応援のきれいな部分だけでなく、転んだ時の現実まで抱えた言葉に感じました。
私自身も男として、背中を押したい気持ちと守りたい気持ちが同時に来る場面があるので、正直かなり刺さりました。
また生い立ちについては、東海市の公式情報で四歳からスケートを始めたことや出身校が確認できました。
早い時期から始めた競技を長く続け、世界の舞台に到達している事実だけでも十分に重みがあります。
家族構成の細部が分からないからこそ、残っている言葉の価値が上がるというのは、読み物としても面白いところだと思います。
この記事を読んだあとにもう一度「はしご」の言葉を思い出すと、木原龍一さんの競技人生が少しだけ身近に感じられるはずです。
これからも木原龍一さんのご活躍を応援していきましょう。
それではありがとうございました。











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